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第二話 提案

last update Dernière mise à jour: 2025-08-19 01:11:32

 知られてはいけない

 汚い僕は

 彼女の横顔を盗み見ながら

 何度も何度も繰り返していく

 僕の心を知らない君は

 僕の脆さを知らない君は

 いつでも側にいようとしてくれている

 第二話 提案

 高校以外でライアと会う事は一度もなかった。彼女と僕の唯一、繋がれる場所は一箇所だけだと知っているから。

 それ以上は望もうとしない。

 気がつけば夏休みが待っている。少ない時間を共有しながらも、この関係性は三ヶ月続いている。

 それだけ時間が経ったのなら、他の友人の一人も出来るだろう。

 そう思っていた。

「僕との時間、つまんなくない?」

「どうして?」

 唐突に聞いてくる僕の様子を、キョトンとした顔で眺めている。彼女の瞳はキラキラしていてまるで海そのものようだ。

 真っ直ぐ見つめられると、何処を見たらいいのか分からず、俯いてしまう自分がいる。

「僕達は裏庭でしか話さない。だから」

 どう説明したらいいのだろうか。頭の中で浮かんでいたはずの言葉は、口に出そうとすると消えていく。

「私はこの時間を楽しみにしてる。ヒズミくんといると安心するんだ」

「安心?」

「不思議だよね。君と私は生まれる前から繋がっているんだよ、きっと」

 そう言うと、遠くの景色に意識を取られるように何かを思い出している。彼女の見ている世界は、僕の知っている当たり前とは違うのだろう。

 自分の見ている世界は彼女からしたら違和感そのもの。そして彼女の見ている世界は、きっと宝石そのもの。

「もうすぐ夏休みに入るね」

「そうだね」

「ねぇ」

 僕にしか聞こえないように囁く声が鼓膜を揺さぶる。今までで一番、近くに感じている彼女からはレモンの匂いがした。

 僕は彼女の提案を受け入れると、惚けたように時間を無駄にしていく。数分前には学校にいたはずなのに、僕はベッドへ埋もれていた。

 母親が夜ご飯の合図を送っているのに、その声さえも気付けない僕の心は彼女に掴まれたまま。

 彼女の囁きが頭から離れない。僕は小さい呻き声を上げながら、説明のつかない感情に踊らされている。

 コンコン——

 ノックの音が崩れていた理性を再生しようと試みる。この名前のない感覚に埋め尽くされていたいと思う自分と、否定を繰り返す自分の間でぐらついていた。

 やじろベぇのように行ったり来たりを繰り返しながら、自分を取り戻そうとしている。

「お兄ちゃん、いつまで待たすの。皆待ってるんだから、早く降りてきてよ」

 妹の芽空(めあ)が気だるそうに言葉を残していく。何を考えているのか分からないと、僕を避けている芽空が呼びに来るなんて、珍しい。

「……行くから」

「早くしてよね」

 ドアの向こうで吐き捨てると、スタスタと逃げていく。気だるい体を無理やり起こし、自室を後にした。

 夕飯の時間は地獄だ。両親に監視されているように感じてしまう。そこには会話は一切なかった。

 芽空だけなら両親の機嫌もいい。僕の存在が消える事で家族は本来の温もりを保つ事が出来るからだ。

 爪弾きにされている自分を宙から見下ろしている女の子がいる。彼女は僕の存在に触れる訳でもなく、ただただテレビの上に座っていた。

 女の子が何を示しているのかを知る必要もない。僕自身が見せている幻覚だとしても、何の支障もなかった。

 いつからその子の姿を見るようになったのか考えてみるが、その答えには辿り着かない。

「食べたら、部屋に戻って」

「はい」

 母親は冷たい声で僕に告げると、いつものように敬語で答えていく。反論も反発もする気は到底ない。

 ここは僕の居場所ではないのだから。

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