手が触れるか触れないか その間を保っている僕達は 一瞬一瞬を楽しみながら 選択をしていく 少しでも触れてしまうと 後戻りが出来なくなるのだから 第四話 金魚すくい 夏祭りに行くのなんて何年振りの事だろう。あの時の自分が、こうやって女の子とデートしているなんて思わないだろうな。「あ。金魚すくいだぁ」 タッタッタッと子供のようにはしゃいでいる。揺れる簪が街灯に照らされて、輝いていた。 彼女に追いつこうと歩みを早める。興味にのめり込んでいるように見えていても、僕の存在を確認するように振り向いた。「ヒズミくん、遅いよ」 ライアは店主にお金を払うと、ポイを二つ貰った。ペロリと舌を出しながら、腕まくりをしている彼女を見ていると、心がポカポカしてくる。「私、金魚すくい得意なの。見てて」「ほう」 自信満々な彼女の勇姿を見届けようと、しゃがみ込む。僕達以外のお客はいない。この場を貸し切っているみたいだ。 ポイに角度をつけながら、ゆっくりと沈めていく。ポイは水を吸い上げると、馴染ませる為に水中の中で水平にしていった。ゆらゆらと自由に泳いでいる金魚を選別しているらしい。彼女は自分の好みの金魚を見つけると、金魚をすくい、斜めに引き上げていく。「とれたー」「凄いね」 パチパチを拍手をしながら、その光景を見ている。容器に入った金魚は自分が囚われた事にも気づかずに、背伸びをしていた。「ねーちゃん、上手だねぇ」「ふふふ」 店主にそう言われると、顔が緩んでいく。よっぽど嬉しかったらしい。別の表情を浮かべる彼女を見れて、嬉しく思った。「ヒズミくんもする?」「うーん。僕、苦手だから」 見ているだけなら簡単に感じる。実際は結構難しいんだ、コレが。僕はライアに渡された最後のポイを受け取ると、見よう見まねで彼女のやり方を真似ていった。「いい感じだよ、後は引き上げるだけ」「う、うん」 緊張感が指先へと流れていく。微かに震えている指に力を入れながら、ここぞと言う瞬間に引き上げた。「あ」 緊張感に負けてしまった僕は、掬い上げる時に思い切り引き上げてしまった為に、失敗してしまう。大きく穴の開いたポイだけが残った。「惜しかったね」「難しいな、コレ」「ふっふっふっ。慣れれば余裕だよ」 しょんぼりと肩を落とすと、ライアは僕の頭をよしよしし始
混ぜても 溶けても 揺れても 僕達は一つにはなれない 砕けても 惚けても 戸惑っても 僕達は同じにはなれないんだ 第三話 二人だけの宝物 夏休みに入った僕に待っていたのは、単調な毎日だった。ライアの笑顔を見る事も出来ない。 それだけで苦しくて、悲しくなってしまう。 太陽の光を遮るように目を瞑ると、うっすらと淡い光がフィルターを通して溢れてくる。その度に、ため息を吐いてしまうんだ。「眠いの?」「分からない」「苦しいの?」「分からない」 彼女の姿をした影が何度も質問を繰り返す。どんな答えを求めているのかを理解出来ずにいる僕は、水のように流されていった。 現実も幻想も、必ず彼女が存在している。僕の中でライアの存在がいつの間にか大きくなっていた。 自分でも気づかないくらいに。 特別な色を放ちながら、僕との違いを明確に示唆していく。「私の提案を受け入れてくれる?」「……僕なんかが」 最低限のものしか置かれていない僕の部屋は、彼女の匂いを纏いながら別物へと変化しようとしているのかもしれない。 夕方になると遠くから始まりを告げる音が空を通して僕の元へと浸透していく。時間を確認するともうすぐ六時になる。 ゆっくりしていたはずの一日はあっと言う間に夕闇に消えながら、僕の手を引いて離さない。「行こう、彼女が待ってる」 自分の声が無意識に旋律を奏でると、体に力を与えていく。どうするのか迷っていたはずなのに、僕は時間に追われるように支度をする。 浴衣に着替えた自分の姿を見ていると、別人のように思えてしまう。着ているものが違うだけで、ここまで変わるのか。「……行ってきます」 僕が言った言葉がきっかけなら、望めば望む程に、手に入れる事が出来るのかもしれない。 ひゅるひゅると夏の夜が始まろうとしている。その日だけは希望を抱く事が許されているみたいに感じた。 こんな気持ちにさせてくれるのはライアだけだろう。彼女が僕の願いを形にしようとしてくれて、今日があるのだから—— 神社の境内についた僕は、大木に支えてもらいながら時間を潰している。神社は少し離れていて、境内の中に露店は一切存在しない。 ライアはこの神社の事を話すと、ここを待ち合わせにしようと言った。 僕はただそれを受け入れただけだ。
知られてはいけない 汚い僕は 彼女の横顔を盗み見ながら 何度も何度も繰り返していく 僕の心を知らない君は 僕の脆さを知らない君は いつでも側にいようとしてくれている 第二話 提案 高校以外でライアと会う事は一度もなかった。彼女と僕の唯一、繋がれる場所は一箇所だけだと知っているから。 それ以上は望もうとしない。 気がつけば夏休みが待っている。少ない時間を共有しながらも、この関係性は三ヶ月続いている。 それだけ時間が経ったのなら、他の友人の一人も出来るだろう。 そう思っていた。「僕との時間、つまんなくない?」「どうして?」 唐突に聞いてくる僕の様子を、キョトンとした顔で眺めている。彼女の瞳はキラキラしていてまるで海そのものようだ。 真っ直ぐ見つめられると、何処を見たらいいのか分からず、俯いてしまう自分がいる。「僕達は裏庭でしか話さない。だから」 どう説明したらいいのだろうか。頭の中で浮かんでいたはずの言葉は、口に出そうとすると消えていく。「私はこの時間を楽しみにしてる。ヒズミくんといると安心するんだ」「安心?」「不思議だよね。君と私は生まれる前から繋がっているんだよ、きっと」 そう言うと、遠くの景色に意識を取られるように何かを思い出している。彼女の見ている世界は、僕の知っている当たり前とは違うのだろう。 自分の見ている世界は彼女からしたら違和感そのもの。そして彼女の見ている世界は、きっと宝石そのもの。「もうすぐ夏休みに入るね」「そうだね」「ねぇ」 僕にしか聞こえないように囁く声が鼓膜を揺さぶる。今までで一番、近くに感じている彼女からはレモンの匂いがした。 僕は彼女の提案を受け入れると、惚けたように時間を無駄にしていく。数分前には学校にいたはずなのに、僕はベッドへ埋もれていた。 母親が夜ご飯の合図を送っているのに、その声さえも気付けない僕の心は彼女に掴まれたまま。 彼女の囁きが頭から離れない。僕は小さい呻き声を上げながら、説明のつかない感情に踊らされている。 コンコン—— ノックの音が崩れていた理性を再生しようと試みる。この名前のない感覚に埋め尽くされていたいと思う自分と、否定を繰り返す自分の間でぐらついていた。 やじろベぇのように行ったり来たりを繰り返しながら、自分を取り戻そうとし
僕の瞳に映る君の姿。 仄めかしく、淡い色に抱かれている。 僕の手が彼女を求めようとしている。 全ての空間、空気、気温、感情 全てを止めていく。 巻き戻す事も出来ない記憶の中の君を 僕は物語として綴っていく。 第一話 スマホカメラ 僕の通っている高校には彼女がいた。いつも側から笑い合っている周囲を観察している。彼女はここにいるのに、存在しない。 不思議な魅力を持っている。 「ヒズミくん、何してるの?」 誰にも声をかけてもらえない。僕の存在は周囲に認知されていないからだ。それでも今日は今までとは違う。新しい日常が顔を出して微笑んでいた。 「……え」 彼女の声を知っている。裏庭で隠れて歌っていた姿を何度か見ていた。他の人達は彼女に見向きもしない。 それでも僕にとっては彼女の全てが美しい彫刻品のように思えて仕方ない。 本人に伝える事はないだろう。お互いが自分の姿を隠しながら、カメレオンのように周囲に溶け込んでいくのだから。 「どうして僕の名前を……」 「ん? 同級生だから知っていて当然じゃないかな」 初めて話す彼女は思った以上にフランク。自分の中で勝手に彼女の人格を決めつけていた事が恥ずかしくてたまらない。 僕は歪んで、真実を見ようとしない。 そうやって現実から内部の自分を引き出されないようにかくれんぼを続けている。 「そうだよね。ごめんね」 「どうして謝るの? そういう時は笑おうよ。苦しそうな顔よりも、ヒズミくんには笑顔が似合うと思うから」 トクトクと彼女の言葉に心が反応していく。家族にさえも言われた事のない言葉が、僕にとっては眩すぎて、動悸を感じていく。 「私はずっと君と話したかったの。いつも私の歌、盗み聞きしてたでしょ」 気づかれていないと思い込んでいた屈折した事実が真実へと書き換えられていく。彼女は教室でいる時とは違う雰囲気を作り出しながら、僕の手を優しく握っていった。 「……天童さん」 「苗字で呼ばないでほしいな。私の事はライアと呼んで」 「ライア」 ライアはクスリと微笑みを零すと、ポケットからスマホを取り出し、カメラの標準を合わせていく。 「知ってる? 最近のスマホってカメラ機能、性能高いんだよ」 カシャリ。 微かにスマホから流れてくる